はじめに

山岳写真家として、また雪崩事故防止の専門家として知られる阿部幹雄氏。彼の活動の根底には、かつて標高7400mの極限地帯で経験した、想像を絶する悲劇があります。目の前で次々と滑落していく8人の仲間たち。唯一の生存者となった阿部氏が、なぜ今も山に向かい続け、シャッターを切り続けるのか。本記事では、阿部幹雄氏の生い立ちや学歴から、世界を震撼させたミニャ・コンガ遭難事故の詳細、そして現在彼が執筆を通じて社会に問いかけているメッセージについて詳しく解説します。彼が背負い続けてきた「生き残った者の使命」を知ることで、自然との向き合い方が変わるはずです。

阿部幹雄氏の生い立ちと学歴:探検への渇望

阿部幹雄氏は1953年、愛媛県松山市に生まれました。幼少期から自然に対する好奇心が強く、その情熱は青年期に入ると本格的な「登山」と「探検」へと向かっていきます。彼の人生を形作ったのは、豊かな自然環境と、それを記録したいという強い表現欲求でした。

学歴については、日本大学農獣医学部(現在の生物資源科学部)を卒業されています。大学時代は探検部に所属し、仲間と共に未知の世界を切り拓く喜びに没頭しました。この時期に培われた「現場主義」の精神と、農獣医学部で学んだ科学的な視点は、後に彼が雪崩事故をデータに基づいて分析する際の大きな武器となりました。大学卒業後、報道の世界に身を投じたことで、彼の「記録者」としてのキャリアが本格的にスタートしたのです。

項目 生年月日・出身:1953年 愛媛県松山市生まれ
最終学歴 日本大学農獣医学部 卒業
学生時代の活動 日本大学探検部に所属

阿部幹雄氏の経歴:報道の最前線から極地へ

大学を卒業後、阿部氏は写真家としての道を歩み始めます。そのキャリアは非常に多才で、かつては伝説的な週刊誌『FOCUS』の専属カメラマンとして、20年間にわたり事件や社会問題の最前線を撮影してきました。しかし、彼の真骨頂は「極地」にあります。ヒマラヤ、北極、南極、誠に千島列島など、人類の足跡が稀な辺境の地をフィールドとして活動してきました。

特に、第49次から第51次にかけての日本南極地域観測隊に同行した実績は、彼の写真家としての地位を不動のものにしました。現在も北海道札幌市を拠点に、ビデオジャーナリストとしても活動しており、山の厳しさと美しさを伝える活動を多角的に続けています。

ミニャ・コンガ滑落事故:標高7400mでの悲劇

1981年、阿部幹雄氏は市川山岳会の隊員として中国の「ミニャ・コンガ(標高7556m)」に挑みました。この遠征が、彼の人生を決定づける凄惨な事故となります。山頂直下の標高7400m付近で、登頂を目前にしたパーティーを悲劇が襲いました。ザイルで繋がっていた仲間たちが、一瞬の隙から次々と急斜面を滑落していったのです。

阿部氏は奇跡的に滑落を免れましたが、眼下へと消えていく8人の仲間をただ見送ることしかできませんでした。マイナス30度を超える極寒の中、酸素も薄いデスゾーンで一人取り残された絶望感は、筆舌に尽くしがたいものです。この事故は当時の登山界に大きな衝撃を与え、「なぜ彼だけが助かったのか」という問いは、阿部氏自身の心にも深く突き刺さることとなりました。

「なぜ自分だけ」生存者としての葛藤と現在

事故から生還した後、阿部氏を待ち受けていたのは「サバイバーズ・ギルト(生き残った罪悪感)」という過酷な精神的苦痛でした。「仲間を見捨てて自分だけ助かったのではないか」という周囲からの無理解な視線や、自分自身への問いかけに、彼は長年苦しめられることになります。この苦悩が癒えるまでには、実に30年近い歳月が必要でした。

しかし、彼はその苦しみを「記録」と「教育」へと昇華させました。現在は、自身の経験を風化させないために、雪崩事故防止の啓蒙活動に心血を注いでいます。彼がカメラを回し、ペンを執るのは、亡くなった8人の仲間たちへの鎮魂であり、これから山へ向かう若者たちへの遺言でもあるのです。悲劇の生存者から、命を守る先駆者へと、彼の役割は変化を遂げました。

阿部幹雄氏の魂が込められた主要著書

阿部氏の著書は、単なる登山記録ではありません。そこには、極限状態での人間心理や、自然の驚異に対する深い洞察が記されています。特に、事故から30年を経て上梓された作品は、当時の生々しい感情と、その後の長い沈黙の意味を私たちに教えてくれます。

書籍名 生と死のミニャ・コンガ:8人の仲間を失った事故の全貌と、30年間の心の軌跡を綴った代表作。
書籍名 那須雪崩事故の真相:2017年の高校生雪崩事故を徹底検証し、再発防止を訴える社会派の一冊。
書籍名 剥き出しの地球 南極大陸:南極観測隊同行時に撮影された、圧倒的な自然の生命力を伝える写真集。

山を楽しむために私たちがするべきこと

阿部幹雄氏の経歴やミニャ・コンガの悲劇を知り、安全な登山について興味を持っている人が実践するべきことをまとめました。阿部氏が現在も訴え続けている「安全への執着」を、私たちはどのように自分自身の活動に落とし込むべきでしょうか。

1. 雪崩教育の受講と知識のアップデート

阿部氏が代表を務める雪崩事故防止研究会(ASSH)などが提供する、科学的なデータに基づいた安全講習を受けることが第一歩です。

2. 「撤退」を決断する勇気を持つ

ミニャ・コンガの事故も、紙一重의判断が運命を分けました。山頂への執着を捨て、命を守るための撤退基準を事前に明確にしておくべきです。

3. 過去の事故記録から学ぶ

阿部氏の著書を読み、極限状態で何が起きるのかを疑似体験することで、自身の危機管理能力を高めることができます。

阿部氏は現在も、写真を通じて「地球の素顔」を伝え、言葉を通じて「命の尊さ」を説き続けています。彼の歩みを知ることは、私たちが自然に対して謙虚であるための、大切な羅針盤となるでしょう。

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