はじめに

SNS上で「しばき隊の赤い薔薇が気持ち悪い」「黒バックが怖い」といった声が散見されます。しかし、このシンボルは単なる装飾ではなく、日本の反レイシズム運動における戦略的な図像(アイコン)として設計されたものであり、深い記号論的・歴史的意味を持っています。
本記事では、資料『黒バックの赤い薔薇:レイシストをしばき隊の政治的図像学と戦略的アイデンティティ』の内容をもとに、この図像が象徴する「普遍的正義」と「非妥協的行動主義」の二重構造をわかりやすく解説します。

しばき隊とは?―非暴力と対抗の二面性をもつ反差別運動

「レイシストをしばき隊」は、2013年に新宿で結成された反差別集団で、当時急増していたヘイトスピーチデモに対し「法的かつ非暴力の対抗行動」を掲げました。名前こそ攻撃的な「しばき隊」ですが、実際の活動原則は一貫して非暴力であり、弁護士らのプロボノ参加によって「合法の範囲内」で行動することが徹底されていました。
この二面性――名称の戦闘性と、行動の合法性――の緊張関係を視覚的に管理するために採用されたのが、「黒バックの赤い薔薇」という図像です。つまり、このシンボルは「見た目の威圧」と「実際の非暴力」を両立させるための戦略的ツールだったのです。

赤い薔薇の歴史的・政治的意味 ― 普遍的な「正義」と「連帯」の象徴

赤い薔薇は、19世紀のヨーロッパ社会主義運動から受け継がれる社会民主主義のシンボルです。1848年のフランス革命で社会主義者たちが赤いロゼットを身につけたことに由来し、以降「労働者の権利」「平等」「社会的連帯」の象徴として定着しました。

要素 歴史的意味 しばき隊における再解釈
赤い薔薇 社会主義、社会民主主義、平和的改革 普遍的な社会正義と反差別の連帯を表明
赤色 革命、エネルギー、労働運動 差別への対抗・即時的行動の象徴
薔薇の形 美・成長・理想の調和 「愛と正義」の普遍的理念の視覚化

しばき隊がこのシンボルを掲げたのは、単なる装飾ではなく、「日本固有の対立」ではなく「普遍的な正義の一部」であることを世界に示すためです。つまり、赤い薔薇は「反ヘイト=愛と正義」というグローバルな文脈を取り込む装置でもありました。

黒い背景の意味 ― パンク的美学と非妥協の姿勢

この図像を特異なものにしているのが、「黒バック」という要素です。黒は、アナーキズム、反権力、徹底抗戦、喪などを象徴する色であり、「既存秩序への不服従」と「非妥協的行動主義」を示します。
しばき隊の文化的背景には、パンク・ロックやサブカルチャー的DIY精神が存在し、黒はその美学を体現しています。黒背景は、単に「暗さ」を演出するのではなく、路上というリアルな闘争の場で、国家権力やヘイト勢力に「屈しない意思」を可視化するものでした。

黒と赤を組み合わせることで、図像は「情熱(赤)」と「決意(黒)」という弁証法的緊張を帯び、単なる穏健な社会民主主義とは異なる、戦闘的社会正義のビジュアル表現となったのです。

「気持ち悪い」「怖い」と言われる理由 ― 強いコントラストが生む心理的反応

一部の人々が「黒バックの赤い薔薇」を「気持ち悪い」「怖い」と感じるのは、心理学的に説明できます。黒と赤の配色は高コントラストで、危険・血・警告などの強い感情を喚起します。さらに、SNS上では文脈が省かれがちであり、図像だけを見た人が「過激」「暴力的」と誤解するのも無理はありません。

しかし、資料が明らかにしているように、このシンボルは非暴力の原則と法的正当性の象徴です。威圧感は「暴力の表現」ではなく、「差別には屈しない決意」の視覚的メタファーなのです。

「黒バックの赤い薔薇」に込められた戦略的メッセージ

この図像は、単なるイデオロギーの表明ではなく、SNS時代のメディア戦略としても設計されました。視覚的に「即座に識別でき」「拡散されやすく」「若年層にクールに見える」デザインとして、インターネット上で運動の存在を可視化する役割を果たしました。

視覚要素 機能 意図
シンプルな構成 SNS拡散・認知性 即時的識別性を高める
強いコントラスト 威圧感・緊張感 「非妥協的正義」を象徴
パンク的美学 若者文化との接続 サブカル層の共感を獲得

この「ファッション×政治」の融合は、政治参加のハードルを下げ、新しい形のストリート・アクティビズムを創出しました。

しばき隊が示した「非暴力×戦闘性」の新しいモデル

しばき隊は、「MAKERACISTSAFRAIDAGAIN(レイシストを再び恐れさせる)」というスローガンを掲げ、暴力ではなく非暴力の中での威圧を実現しました。
この矛盾的な構造――「強さ」と「優しさ」の両立――こそが、彼らの戦略的アイデンティティの核心です。図像はそれを体現するものであり、視覚的緊張によって観る者に「理念と現実のせめぎ合い」を突きつけます。

「怖い」と感じたときにするべきこと

1. 感情的反応の前に意味を確認する

視覚的に強い印象を受けても、まずは背景を調べ、表面的な印象に流されないようにしましょう。

2. 情報源を確認する

SNSの断片的情報ではなく、一次資料(しばき隊声明・研究報告)を確認します。

3. 象徴の意図を読み取る

威圧的な見た目は暴力ではなく、非妥協の「決意」の象徴です。

まとめ ― 黒バックの赤い薔薇が残した遺産

「黒バックの赤い薔薇」は、愛と連帯(赤)×非妥協の行動主義(黒)を融合させた、現代日本における反差別運動の革新的シンボルでした。
この図像は、「法的正当性」「非暴力」「視覚的威圧感」という相反する要素を統合し、SNS時代のストリート・アクティビズムのモデルを提示しました。
単なるロゴではなく、正義を“路上”に取り戻す象徴的デザインとして、日本の社会運動史に残る重要なビジュアル・レガシーです。

参考文献

  • 『黒バックの赤い薔薇:レイシストをしばき隊の政治的図像学と戦略的アイデンティティ序章』
  • 対レイシスト行動集団(しばき隊) – Wikipedia