はじめに

高市早苗総理による台湾有事をめぐる発言を発端に、現在の日中関係はかつてないほど緊張した局面に入っています。台湾海峡をめぐる軍事的リスクが現実味を帯びる中、日本の安全保障政策や政府要人の発言は、国内のみならず海外からも極めて敏感に受け止められる状況です。

そうした最中に放送された、テレビ朝日「報道ステーション」による“ある報道”が、国内外に大きな波紋を広げました。それが、官邸高官によるオフレコ発言をあえて全国放送で伝えた件です。

この報道を受け、SNSでは「なぜ今このタイミングで報じたのか」「日本を不利な立場に追い込むだけではないか」といった批判が相次ぎ、「中国を利する偏向報道ではないか」という声が殺到する事態となっています。

発端はいつ何が起きたのか|官邸高官の「核保有」オフレコ発言

問題の発端は12月18日、官邸高官が記者団との非公式取材の場で行った発言でした。高市政権下で安全保障政策を担当する立場にある官邸高官が、

「私は核を持つべきだと思っている」

と述べたとされています。

この取材は、発言内容を公にしないことを前提とする、いわゆるオフレコ取材でした。オフレコ取材は、率直な意見交換を可能にするために、記者と取材対象者との間で交わされる信頼のルールです。とりわけ安全保障や外交の分野では、この慣行がなければ、実務レベルの本音のやり取りは成立しません。

なぜ報道されたのか|大越健介キャスターの「報道すべき判断」

しかし翌19日夜、テレビ朝日の「報道ステーション」は、このオフレコ発言を全国放送で報じました。番組内で大越健介キャスターは、次のように説明しています。

「事の発端はオフレコを前提にした記者団取材での発言ですが、非核三原則は日本の安全保障政策の根幹に関わる問題であり、我々としてはその内容を報道すべきだと判断しました」

さらに、

「高市総理に安全保障政策を助言する立場にある公人としての発言だけに重大だ」

とも述べ、報道判断の正当性を強調しました。

しかしこの説明に対し、多くの視聴者は強い違和感を覚えました。「重要だと思えば、約束を破ってもいいのか」「オフレコというルールは、報道側の都合で無効にできるのか」こうした疑問が噴出したのです。

政府はどう対応したのか|木原稔官房長官の火消し発言

報道直後、政府は対応を迫られました。木原稔官房長官は記者会見で、

「政府としての政策方針は、非核三原則を堅持している」

と明言し、火消しに追われました。

つまり、オフレコの場で語られた個人的見解が切り取られ、あたかも政権の方針であるかのような印象が国内外に拡散した形です。

中国はなぜ即反応したのか|外交問題へ発展した経緯

さらに深刻だったのは、この報道が即座に中国側に利用された点です。中国外務省の副報道局長は記者会見で、

「事実であれば極めて深刻だ」「日本の危険な企てが判明した」

と、日本を強く非難しました。

日本国内のオフレコ発言が、わずか一日で外交カードとして使われた。この展開の早さに、多くの人が違和感を覚えたのは当然でしょう。

日中関係が緊張する今、なぜ日本に不利な情報を報じたのか

現在、日本と中国の関係は、台湾有事をめぐって極めて神経質な状態にあります。高市総理は台湾有事について「日本の存立に関わる問題になりうる」との認識を示しており、中国側はこれに強く反発しています。

こうした状況下で、日本政府中枢に関わる人物の核保有に関する発言を、しかもオフレコ破りで報じることが、どのような外交的影響を及ぼすのか。その想像力が報道側にあったのかが、強く問われています。

台湾有事報道に見られた「中国刺激型」見出しの具体例

このオフレコ破り報道を、単なる一度きりの判断ミスと見るのは難しい側面があります。その理由は、台湾有事をめぐる一連の報道姿勢に、明確な共通点が見られるからです。

象徴的なのが、朝日新聞デジタルが2025年11月7日に配信した「高市首相、台湾有事『存立危機事態になりうる』」という記事です。

当初の見出しは、

「高市首相、台湾有事『存立危機事態になりうる』 認定なら武力行使も」

という、極めて刺激的な表現でした。

本文を丁寧に読めば、高市首相は「対話による平和的解決が基本」「即、武力行使を行うということではない」と、明確に慎重な姿勢を示しています。

それにもかかわらず、見出しだけを見ると、「高市政権=台湾有事で武力行使へ」という印象を与えかねない構成でした。

<おことわり>が示した編集姿勢の問題点

さらに注目すべきなのが、この記事の末尾に掲載された<おことわり>です。朝日新聞は、見出し修正について、

  • 仮定表現が重なっていたため
  • 編集作業の過程で調整した
  • 批判を受けて修正したわけではない

と説明しています。

しかし、問題の本質は「修正したかどうか」ではありません。なぜ初報の段階で、中国との緊張を高めかねない見出しを選んだのか、その判断そのものが問われているのです。

台湾有事は、日中関係に直結する極めて繊細なテーマです。その中で「武力行使」という言葉を強調した見出しは、結果として中国側の警戒心を煽る効果を持ちました。

朝日新聞と報道ステーションに共通する報道文脈

ここで重要なのは、この台湾有事報道と、今回の「報道ステーション」によるオフレコ破り報道が、同じ報道母体・同じ思想的文脈の上にあるという点です。

テレビ朝日は、朝日新聞社を中核とするメディアグループに属しています。安全保障や対中政策をめぐって、

  • 日本側の発言は危険視する
  • 中国側の反応は即座に大きく伝える
  • 緊張が高まる構図を強調する

という報道傾向が、過去から一貫して見られます。

今回も、日本側のオフレコ発言 → 中国の非難 → 政権への圧力、という既視感のある構図が再現されました。

なぜ「中国を利する偏向報道」と批判されたのか

これらが重なった結果、今回の報道は「反日的」「中国を利する偏向報道」と受け止められました。

日本の安全保障に関する議論が、冷静な政策論ではなく、外交摩擦を生む材料として扱われたように見えたからです。

報道の自由と国益のバランスが突きつけられた

報道の自由は民主主義の根幹です。しかし、それは国益や国民の安全を顧みない無制限の特権ではありません。

特に外交・安全保障分野では、一つの言葉、一つの見出しが、国家の立場を大きく左右します。

まとめ|この報道がここまで批判された理由

今回の問題は、オフレコ破りという一点だけでなく、

  • 報道のタイミング
  • 見出しの付け方
  • 中国側への影響
  • 過去の報道姿勢との連続性

これらが複合的に重なった結果です。

私たちが問われているのは、「誰のための報道なのか」「その報道は日本の未来に資するのか」という根本的な問いです。

情報の受け手である私たち自身が、感情的な見出しや切り取られた言葉に流されず、その背後にある構図を見抜く力を持つことが、今ほど求められている時代はないのかもしれません。

参考資料一覧


  1. 高市首相、台湾有事「存立危機事態になりうる」 武力攻撃の発生時

    朝日新聞デジタル。高市早苗首相が衆院予算委員会で、台湾有事が日本の存立危機事態に該当しうるとの認識を示した際の報道。

  2. 「報ステ」大越健介キャスター「オフレコ発言ですが報道すべきと判断しました」

    デイリースポーツ。官邸高官の核保有に関するオフレコ発言を報道した経緯と、番組側の判断を伝えた記事。

  3. 官邸高官が核保有発言 報ステがオフレコ発言を報道

    ライブドアニュース。報道ステーションによるオフレコ発言報道と、その反響をまとめたニュース。

  4. 官邸高官の核保有発言めぐり議論 オフレコ報道に波紋

    日刊スポーツ。オフレコ取材の扱いと報道倫理をめぐる論点を整理した記事。

  5. 高市首相の台湾有事発言に中国が反発

    RFI(フランス国際放送・日本語)。高市首相の発言に対する中国側の反応を国際的視点で報じた記事。

  6. 報道ステーション

    朝日新聞デジタル。テレビ朝日「報道ステーション」に関する関連記事一覧ページ。

  7. 日本の安全保障政策と防衛の考え方

    防衛省公式サイト。非核三原則や安全保障政策の基本的枠組みについての政府公式資料。