I. 結論(要約):「茂木敏充は親中派」なのか?

茂木敏充氏が「親中派」であるという論争がありますが、結論として、彼を親中派と決めつけるのは正しくありません。彼は、経済的に中国と「仲良くする面」と、安全保障などで「強く意見を言う面」の両方を同時に進めていました。これは、日本の国益を守るために、感情論ではなく「日本の利益を最優先する現実的な外交」を行った結果だと評価できます。

本稿では、茂木氏が外務大臣時代に直面した困難な状況をふまえ、公的な記録に基づいて、彼の会談や発言を時系列で詳しく検証していきます。

II. 茂木外交の構造的背景:現代の日中関係が抱える矛盾

なぜ「親中派」という議論が起こるのでしょうか。それは、現代の日中関係が「矛盾」を抱えているからです。

経済面では切っても切れない関係: 中国は日本にとって最大の貿易相手国であり、日本経済の安定には欠かせません。

安全保障・価値観では対立: 尖閣諸島の問題や人権問題など、日本の安全や価値観に関わる部分では、中国と意見がぶつかります。

この矛盾があるため、日本政府は経済的な「協力」を維持しつつ、安全保障上の「懸念」を伝えるという、二つの異なる役割を同時に果たす必要があります。茂木氏の外交は、まさにこの難しい状況の中で、日本の得になることを一番に考えてバランスを取ろうとしたものなのです。

茂木敏充外務大臣の役割と当時の状況

茂木氏は2019年9月から2021年11月まで外務大臣を務めましたが、この時期は新型コロナウイルスの世界的な大流行という危機に直面していました。

最優先課題: 混乱の最中、中国との関係を安定させ、止まっていた人やモノの行き来をできるだけ早く再開し、日本企業の活動を立て直すことが、最も急ぐべき課題でした。

戦略的選択: 彼の対中外交は、主義主張よりも、日本の短期的な経済回復と長期的なサプライチェーン(供給網)維持という「実利」を確保することに重点を置いた、現実的な選択だったと言えます。

III. 第1部:「親中派」と見なされる主な根拠(経済面での協力の検証)

茂木氏が「親中派」的だと評価される背景には、主にパンデミック下でも中国との経済的なつながりを最優先したという事実があります。

【検証1】感染初期に重要なルートを維持し、協調姿勢を示す

新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた直後の2020年2月、茂木外務大臣は、中国共産党幹部の楊潔篪氏と早々に会談しました。

会談内容: この会談で、茂木外相は、感染拡大の中で「日本人の帰国に中国側が協力してくれたことを高く評価する」と公の場で伝えました。

戦略的な意図: 世界が中国批判を強める中で、高いレベルでの対話ルートを維持し、中国の協力を「評価」したことは、危機管理において関係を安定させることを優先した証拠です。また、この会談で習近平国家主席の国賓訪日についても話し合われたことは、長期的な関係改善に力を入れていたことを示しています。

【検証2】経済活動再開を最優先した「ファストトラック」の合意

2020年11月に中国の王毅外相が訪日し、茂木外相と会談した際の合意は、茂木外交が「経済優先」であったことを裏付ける最も強力な証拠の一つです。

具体的な合意: 感染対策を徹底することを前提に、「11月中に日本と中国の間で、ビジネスなど必要な人の往来を早く再開する『ファストトラック』を開始する」ことで合意しました。

戦略的な意図: これは、国内での感染リスクへの懸念があったにもかかわらず、経済活動の早期再開を外交上の最優先事項にしたことを示しています。中国経済とのつながりを重視する強い経済優先の姿勢がうかがえ、「親中派」という評価を後押しする根拠と言えます。

IV. 第2部:「親中派」と言えない理由(安全保障と価値観の堅持)

茂木氏の外交姿勢が単なる「親中」路線ではないことを示すためには、彼が経済的な利益を追求する一方で、中国の核心的な問題に対し明確な批判と要求を行った事実を検証する必要があります。

【検証3】尖閣問題における明確な批判と「具体的な行動要求」

茂木外相は、王毅外相との会談において、日本の主権に関わる問題について一歩も引かない態度で臨んでいます。

強い姿勢: 尖閣諸島周辺で中国海警局の船による領海侵入が繰り返されている問題について、単に「心配している」と伝えるだけでなく、中国側に対して「具体的な行動を止めるように」と要求しました。

戦略的な意味合い: 危険を承知で「具体的な行動」を要求することは、日本の領土を守る強い意思を示すものです。これは、経済的な協力(ファストトラック)と安全保障上の厳しい要求(尖閣問題)を意図的に両立させた外交であり、「親中派」が批判を控えるという定義に反する強い証拠です。

【検証4】人権問題への言及と日米同盟を使った圧力

茂木氏は、領土問題に加え、中国の内政問題と見なされがちな人権問題についても明確な立場を示し、日本の価値観を主張しました。

価値観外交: 香港や新疆ウイグル自治区における人権問題についても、王毅外相に対し「大変心配している」と伝えています。価値観に関わる領域で強く主張する姿勢は、彼が単なる経済優先主義者ではないことの証明です。

日米連携の活用: 茂木氏は、対中国へのメッセージを出す際に日米同盟を最大限に利用しました。日米首脳会談後の評価として、日米共同宣言が中国の問題を「具体的に取り上げて厳しく指摘をした」と国会で答弁しています。これは、同盟国であるアメリカの力を背景に、中国への圧力を強める戦略を取っていたことを示しています。

V. 総合評価と最終結論:「戦略的実利主義者」としての再評価

1. 「協力」と「懸念伝達」のバランス分析

茂木氏の外交は、日本の経済的な利益と安全保障上の制約の中で、対話の窓を閉じずに圧力をかけるという「日本の利益を最優先する現実的な外交」でした。彼は、経済回復と安全保障リスク管理という、相反する課題を同時に追求する困難な外交を展開したと評価できます。

外交の二つの側面 主な成果 結論にどう影響するか
経済・協力の面 ファストトラック合意など、経済協力を継続 対中協調路線の側面が強く、「親中派」と見られる根拠。
安全保障・批判の面 尖閣問題での「具体的な行動要求」、日米共同声明での厳しい指摘 「親中派」というレッテルを否定する強い証拠。日本の国益を守る姿勢を堅持。

2. 「親中派」と批判される政治的な背景

茂木氏が「親中派」だと批判された背景には、彼の考え方だけでなく、国内の政治的な環境、特に保守派が求める「毅然とした態度」との間にズレが生じたことも関係しています。

批判の要因: 茂木氏が経済的な成果を得るために、中国側の主張に対する公の場での反論のトーンを抑えた可能性があります。この「外交的な配慮」が、国内の保守派からは毅然とした態度の「不足」や「要求を受け流した」と受け取られ、「親中派」批判のきっかけの一つとなりました。

最終結論

茂木敏充氏の対中姿勢は、中国との経済的なつながりを重視した点で「対中協調路線」の側面を持ちますが、安全保障上の懸念表明を怠っていません。彼の外交は、イデオロギーよりも国益を追求した「日本の利益を最優先する現実的な外交」として再評価されるべきです。

参考資料