はじめに
竹中平蔵氏は、2000年代初頭の小泉純一郎政権において、経済財政政策担当相、金融担当相、郵政民営化担当相、総務相といった要職を歴任し、日本の構造改革を主導した中心人物である 1。その後も安倍晋三政権下で産業競争力会議や国家戦略特区諮問会議のメンバーとして「アベノミクス」の立案に深く関与するなど、日本の経済政策に多大な影響を与えてきた 1。彼の主導した改革は、不良債権処理の推進や競争原理の導入を通じて日本経済の体質強化に一定の貢献があったと評価される側面がある 2。
しかし、その一方で、竹中氏は日本の世論において広範な嫌悪感の対象となっているという特異な状況にある 2。彼の政策が社会に「痛み」をもたらしたという批判は根強く、その存在自体がしばしば感情的な反発を呼び起こしている。
本レポートは、竹中平蔵氏が世論から嫌われる理由を、彼が主導した政策の経済・社会への影響、民間企業との利益相反疑惑、物議を醸した発言、そしてそれらを巡る社会心理の側面から多角的に分析することを目的とする。彼の政策的意図と、それが社会に与えた影響、そして世論の受け止め方の間に生じた乖離を明らかにすることで、この複雑な現象に対するより深い理解を目指す。
I. 構造改革と経済・社会への影響に対する批判
A. 小泉政権下の主要改革と目的
竹中氏が深く関与した小泉政権下の構造改革は、大きく分けて不良債権の最終処理、競争的な経済システムへの移行、そして財政構造の改革の三つを柱としていた 6。これらの改革は、長引く日本経済の低迷を打破し、経済体質を強化することを目的としていた。
不良債権処理の推進
竹中氏は金融担当相として、金融機関が抱える巨額の不良債権の最終処理を最優先課題に掲げた 3。彼は、銀行のガバナンス強化や資産査定の厳格化を推進する「竹中三原則」を提唱し、その実行を試みた 3。当時の経済界では、不況下での不良債権処理は景気回復後に着手すべきという見方が一般的であった。しかし、竹中氏は、不良債権の存在自体が景気低迷の主因であるという新たな経済学研究の知見に基づき、迅速な処理が景気回復の前提条件であると主張した 3。これは、米国政府やIMF(国際通貨基金)、世界銀行などの国際機関も同様の見解を示していた点と合致する 3。
この不良債権処理は、当時の経済学の最新知見や国際的なコンセンサスに基づいた、ある意味で「合理的」な政策であったと評価できる。しかし、その厳格な処理は、多くの企業倒産や失業者の増加を招き、「過激すぎる」あるいは「骨抜き」といった批判に晒された 3。政策の意図は経済体質の強化と景気回復の基盤構築にあったものの、実行段階で生じた短期的な企業倒産や失業者の増加、金融機関への圧力といった「痛み」は、国民の生活に直接的な影響を及ぼした。この結果、政策の経済的合理性よりも、それがもたらした社会的コストが世論によって強く認識され、竹中氏の政策が冷徹であるというイメージが形成されることにつながった。政策の「正しさ」が、その社会的受容度に直結しないという、政策立案における困難な側面が浮き彫りになった事例である。
郵政民営化の主導
郵政民営化は、不良債権処理と並び、小泉改革の象徴的な柱の一つであった 6。竹中氏はその「生みの親」とも称され、郵政事業の民営化はオランダやドイツ、イタリアなどでも実行されている普遍的な改革であり、「新自由主義」というレッテル貼りに終始するのではなく「各論を論議すべき」と反論している 8。
しかし、郵政民営化に対しては、地方郵便局の統廃合やサービス低下を招き、国民生活に悪影響を与えているという批判が根強い 9。具体的には、窓口の待ち時間延長、手数料引き上げ、集配の遅延、情報共有の不備などが利用者から指摘されている 10。
これに対し竹中氏は、現在の日本郵政グループが抱える諸問題の原因は、民営化そのものにあるのではなく、2009年の政権交代で与党となった民主党政権が、政府保有のゆうちょ銀行やかんぽ生命の株式売却を遅らせ、完全民営化を妨げたことにあると主張している 7。彼はまた、小売り事業を行う「郵便局会社」と宅配事業を行う「郵便事業会社」を「日本郵便」という一つの会社に統合してしまったことも問題視し、「ちゃんとした民間経営者が日本郵政に行くのが難しくなってしまった」と述べている 7。
この郵政民営化を巡る批判は、竹中氏の政策が公共サービスを軽視し、国民生活に負の影響を与えたという認識に基づいている。しかし、竹中氏はその後の政権による政策変更が問題の根源であると主張しており、政策の「失敗」の責任が誰にあるのかという点が複雑に絡み合っている。政策の提唱者である竹中氏が、その後の「結果」の責任を世論から帰属させられがちであるという構図がここには存在する。政策の意図が、その後の予期せぬ、あるいは後続の政治的判断によって歪められた結果、当初の提唱者が批判の矢面に立たされるという、政策評価の複雑性を示唆している。
財政構造改革と競争原理の導入
小泉政権下では、公共事業の削減が続き、談合の摘発も強化された 2。また、会社法の改正や公認会計士への司法的責任追及など、企業法制の環境も大きく変化した 2。これらの改革は、多くの分野で競争原理を強化し、日本経済の体質を強化することを目的としていた 2。財政赤字の削減も重要な目標であり、国債発行額を30兆円以下に抑える目標が設定され、歳出の徹底的な見直しが図られた 6。
B. 労働市場の規制緩和と非正規雇用の拡大
労働者派遣法の規制緩和と非正規雇用の増加
竹中氏が関与したとされる労働者派遣法の規制緩和、特に製造業への派遣解禁は、非正規雇用労働者の激増、格差拡大、そして貧困化につながったと強く批判されている 1。パソナをはじめとする人材サービス会社は、雇用の規制緩和や公共サービスの民間委託の流れを受けて事業を拡大してきたと指摘されている 1。
格差拡大に関する竹中氏の見解とデータ
竹中氏は、派遣労働による格差拡大は「暴論」であり、「明らかな誤解」であると断言している 14。彼は、日本の終身雇用制度の実質的崩壊と、雇用の流動性を鈍らせている日本の制度の欠陥が労働市場の課題であると指摘する 15。さらに、格差拡大が小泉構造改革によるものだという確たる証拠はなく、高齢化などの別の原因があるという研究結果もあると主張している 16。
しかし、客観的な統計データは、非正規雇用労働者の増加と賃金格差の存在を示している。厚生労働省のデータによると、非正規雇用労働者数は2010年以降増加傾向にあり、2020年、2021年には一時減少したものの、2022年以降再び増加を続けている 17。2024年平均では2,126万人に達し、役員を除く雇用者に占める非正規雇用労働者の割合は36.8%となっている 17。
賃金格差については、日本労働研究機構の「令和元年就業形態の多様化に関する総合実態調査」によると、正規雇用と非正規雇用の間には明確な賃金格差が存在する。2019年のデータでは、正規雇用の平均賃金に対する非正規雇用の平均賃金の割合は、男性で約79.1%、女性で約77.3%であり、非正規雇用の方が平均で21%〜23%低い水準にある 18。
Table 1: 非正規雇用労働者の推移と賃金格差の現状
項目 | 2010年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2024年(平均) |
---|---|---|---|---|---|
正規雇用労働者数(万人) | – | – | – | – | 3,645(10年連続増加) |
非正規雇用労働者数(万人) | 1,847 | 2,165 | 2,108 | 2,124 | 2,126(2022年以降増加) |
雇用者に占める非正規雇用割合(%) | 33.7 | 38.2 | 37.6 | 37.0 | 36.8 |
平均賃金格差(非正規/正規)男性(非正規平均賃金/正規平均賃金) | – | – | – | – | 約79.1%(2019年) |
女性(非正規平均賃金/正規平均賃金) | – | – | – | – | 約77.3%(2019年) |
データソース: 厚生労働省「パートタイム・有期雇用労働法及び労働者派遣法の施行状況等について」 17、日本労働研究機構「第4章 2010年代における正規雇用・非正規雇用間賃金格差」 18
このテーブルは、竹中氏の労働市場改革が、雇用の流動性を高め、日本経済の活力を向上させることを意図していたにもかかわらず 15、その結果として非正規雇用が激増し、統計データが示すように賃金格差が拡大したという現実が存在することを明確に示している 1。竹中氏がこれを「誤解」と一蹴する姿勢は、政策の「効果」を実感する国民感情との間に深い溝を生み、彼の冷徹なイメージを強化している。国民の多くは、自身の生活実感に基づき、政策がもたらしたとされる「痛み」を直接的に感じているため、客観的なデータがその認識を裏付ける形となり、竹中氏への反発を強める要因となっている。
C. 格差拡大と「新自由主義」の象徴としてのイメージ
小泉改革の結果、「格差の拡大」が最も大きな論点として批判された 2。竹中氏は自身が「新自由主義者」と呼ばれることに対し、「郵政事業の民営化はオランダでもドイツでもイタリアでも実行されたが、だから新自由主義だなどと評された例はない。私のどこが新自由主義者なのか」「新自由主義だからウンヌンではなく、各論を論議すべき」と反論している 8。
しかし、彼の主導した一連の改革は、市場原理を重視し、政府の介入を最小限に抑えるという点で、一般的に「新自由主義」の典型と見なされている 9。竹中氏がこのレッテルを否定しても、彼が推進した政策が結果的に格差拡大を招いたという社会認識と結びつき、彼自身が「新自由主義」の象徴として見なされるようになった。この「象徴化」は、政策の是非という具体的な議論を超えて、より広範なイデオロギー的、感情的な反発を生み出す土壌を作り出した。市場原理の導入がもたらす競争の激化と、それによって生じる社会の分断への懸念が、竹中氏という個人に集約されることで、政策議論が感情的な対立へと転化する現象が見られる。
D. 改革の「痛み」と道徳的退廃への言及
小泉改革は、非効率を排した結果として「様々な痛み」を拡大したという批判を招いた 2。さらに、改革を通じて広まった「素朴な市場礼賛」の風潮の中で、マネーゲームが過熱し、拝金主義が横行したことが「道徳的退廃」として問題視された 2。ライブドアや村上ファンドといった企業の摘発は、検察による小泉改革批判の一環と見なす向きもあった 2。
竹中氏の改革は、経済的効率性を追求するものであったが、それが「拝金主義」や「道徳的退廃」といった倫理的・社会的な価値観との衝突を生んだ。国民は経済的な豊かさだけでなく、社会の健全性や公平性も重視するため、彼の政策がもたらしたとされる「痛み」や「拝金主義」の蔓延は、単なる経済政策の失敗以上の、社会全体への負の影響として捉えられた。この認識は、深い不信感と嫌悪感に繋がり、彼が経済的合理性のみを追求し、社会的・倫理的側面を軽視した人物であるというイメージを形成する一因となった。
II. 利益相反と「政商」批判
A. パソナグループ会長就任と公職・民間職の移動
竹中平蔵氏は、2001年から2006年まで小泉内閣の閣僚を務めた後、2009年に人材サービス大手である株式会社パソナグループの会長に就任した 1。その後も、総合金融グループであるオリックス株式会社の社外取締役を務め、最近までSBIホールディングス株式会社の社外取締役も継続していた 1。
このキャリアパスは、彼に対する「利益相反」および「政商」という強い批判の根拠となっている 1。政府の政策決定に関わった人物が、その政策で大きな影響を受ける民間企業の要職に就くこと自体が、倫理的な問題を引き起こすという指摘である 2。特に、彼が労働市場の規制緩和を推進した後に、人材派遣業界の最大手の一角であるパソナの会長になったことは、「自社の利益のために不安定な雇用や弱者を増やした」という批判の核心をなす 1。
これに対し竹中氏は、労働市場の改革は小泉内閣以前から継続的に行われており、製造業への派遣解禁は厚生労働大臣の管轄であり、自身の担当ではないと反論している 1。また、パソナが派遣そのものをやっていないという主張もしており、これらの批判は「誹謗中傷」であると述べている 1。
しかし、竹中氏の公職から民間企業への転身、特に政策推進と関連性の高い業界への「天下り」は、彼に対する「政商」という批判を決定的に強めた。彼の反論は、世論には「責任逃れ」「見苦しい」と受け止められ 1、むしろ不信感を増幅させる結果となっている。これは、政策の是非だけでなく、公職者としての倫理観や透明性への疑念に直結し、彼への嫌悪感を深める主要な要因となっている。公職者が民間企業に転じること自体は珍しくないが、政策の立案と実行に深く関わった人物が、その政策によって恩恵を受ける業界の要職に就くことは、国民の間に強い不信感を生み出す。
B. 持続化給付金事業を巡る疑惑と批判
新型コロナウイルス感染症拡大に伴う中小企業への持続化給付金事業を巡る疑惑は、竹中氏への批判をさらに増幅させた 2。経済産業省から業務委託を受けた「一般社団法人サービスデザイン推進協議会」が、大手広告代理店の電通やパソナなどが2016年に設立した団体であったことが問題視されたのである 2。この協議会が769億円で業務委託を受け、その後電通に749億円で再委託した経緯の不透明さ、入札調書の主要部分が黒塗りであったことなどが批判の対象となった 24。
この持続化給付金事業を巡る疑惑は、竹中氏とパソナ、そして政府との関係における「利益相反」の疑いを、国民が直接的に理解できる具体的な事例として提示した。特に、コロナ禍という国民が困難に直面している時期に、多額の税金が不透明な形で特定の企業に流れているという認識は、彼の「政商」イメージを決定づけ、強い怒りと不信感を呼び起こした。これは、抽象的な政策批判から、より感情的で倫理的な批判へと転化する象徴的な出来事であり、国民の税金に対する意識の高さが、このような不透明な取引への強い反発に繋がった。
C. その他の民間企業との関わりと「天下り」批判
パソナ以外にも、竹中氏の民間企業との関わりは指摘されている。例えば、日本マクドナルドの藤田田氏が設立した「フジタ未来経営研究所」の理事長に就任し、未公開株を取得したとされる事例も存在する 25。
竹中氏のキャリアパスは、日本の官僚・政治家が民間企業へ転身する「天下り」慣行の典型例と見なされ、その慣行自体への国民の不満や不信感が彼に集中する形となっている。彼は、この構造的な問題の「顔」となり、個人の資質だけでなく、日本の政治・経済システムの不透明性や既得権益構造への批判の対象となっている側面がある。公職者がその職務を通じて得た知識や人脈を、退職後に特定の民間企業の利益のために利用するという構図は、国民の間に「公正さ」や「公平性」への疑念を生じさせる。
III. 物議を醸した発言と世論の反発
A. 「貧しくなる自由」発言の文脈と社会的影響
竹中氏の最も物議を醸した発言の一つに、若い世代に向けた「みなさんには貧しくなる自由がある」「何もしたくないなら、何もしなくて大いに結構。その代わりに貧しくなるので、貧しさをエンジョイしたらいい。ただ1つだけ、そのときに頑張って成功した人の足を引っ張るな」という言葉がある 26。この発言は、彼がパソナグループの会長を務めていた時期(2012年)に行われたものであり、当時の日本社会ではワーキングプア率がピークを迎えていたという社会的背景があった 26。
この発言は、世論から「無責任」「弱者切り捨て論者」「弱者搾取」「食い物にしてる」といった強い非難を浴びた 26。竹中氏は「派遣で働いている人にアンケートを取ると、派遣がいいからこれで働いていると答える人も多い。これは多様な働き方・多様な雇い方を可能にしている」と主張したが 29、国民からは「自社の利益のため」と見なされた。
「貧しくなる自由」発言は、竹中氏が国民の苦境に対する共感性を欠いている、あるいはエリートとしての冷徹な視点を持っているという印象を強く与えた。特に、彼が非正規雇用を推進する人材派遣会社の要職にあったことから、この発言は「弱者から搾取する側」の人間が、その結果生じた貧困を「自己責任」として突き放していると受け止められ、強い感情的反発を招いた。これは、政策の経済的合理性とは別の次元での、人間性や倫理観への批判に繋がり、彼のイメージを決定的に悪化させた。
B. 「ETFは絶対儲かる」発言と金融市場への影響
2003年、金融担当大臣であった竹中氏は、閣僚懇談会においてETF(上場投資信託)の積極的な購入を各閣僚に要請し、その日の記者会見で自身も「絶対儲かると思うから買う」という趣旨の発言をした 2。
この発言は、金融市場を監督する大臣が特定の金融商品の有利性を喧伝すること、そして元本保証のない商品に対し「絶対儲かる」と断定的な判断を示すことが問題であると批判された 2。証券外務員が同様の発言をすれば違法行為にあたる可能性も指摘され、国会でも野党から強い批判が寄せられた 2。竹中氏は後に「誤解されかねない部分があった」「必ずしも適切ではなかった」と認め、謝罪した 2。
また、2002年にはニューズウィーク誌上で「メガバンクであっても、“too big to fail”(大きすぎて潰せない)の考えはとらない」と発言し、日経平均株価を暴落させたことも批判されている 8。金融の専門家であり、かつ金融担当大臣という立場でありながら、市場に大きな影響を与える可能性のある発言を軽率に行ったことは、彼の専門家としての信頼性、さらには公職者としての適格性に疑問符を付けた。このような発言は、国民の金融政策への不信感を募らせる要因となった。
C. その他の炎上発言とメディアでの露出
竹中氏の物議を醸す発言は多岐にわたる。例えば、政治資金問題に関して「政治家の5年1000万円不記載で過剰にガタガタすべきでない」と発言し、批判を浴びた 30。彼は、日本に「政党法」がないことが根本的な問題であり、政治家が国民の反発を恐れて自己を縛る法律を作らないことに問題があると考えている 31。また、1990年代前半に海外に滞在することで住民税を払っていなかったという疑惑が報じられたが、彼は米国で納税していたと反論し、「イチャモン」だと主張している 9。
メディアでの露出も多く、自身が「新自由主義者」や「アメリカ原理主義者」と呼ばれることに対し、自身の政策は「おかしい」こと(例:株式会社が農地を所有できないこと)を指摘してきただけだと述べている 19。彼は、自身が「嫌われている」ことを認識しており、「良いことをやっているのに理不尽だ」と感じている 5。批判の多くは「理由が分からない」「政策の議論ではなく、嘘や悪口」であり、「聞きたくない説明」だと述べている 5。また、「悪名は無名に勝る」と考え、「放っておいたらいい」と達観した姿勢を見せている 5。実際に金融担当大臣時代には殺害予告の手紙を受け取った経験もあるという 5。
竹中氏の物議を醸す発言の多くは、彼自身の「正しい」と信じる経済思想や政策的合理性に基づいている。しかし、その表現が時に国民感情や社会常識と乖離し、傲慢、冷徹、あるいは無責任と受け止められている。彼が批判を「嘘」「悪口」「聞きたくない説明」と一蹴する姿勢は、対話の拒否と受け取られ、国民とのコミュニケーションギャップを深め、さらなる反発を招いている。彼の「達観」は、世論からは「反省がない」と解釈されがちであり、この自己完結的な態度は、感情的な嫌悪感を増幅させる一因となっている。政策立案者が、国民の生活実感から乖離した形で自己の正当性を主張し続けることは、信頼関係の構築を困難にし、結果として政策への理解や支持を得ることを阻害する。
IV. 嫌悪感の背景にある社会心理と竹中氏自身の認識
A. 政策的批判と感情的批判の混在と区別
竹中氏に対する批判は、彼の政策がもたらしたとされる格差拡大や非正規雇用の増加といった具体的な「政策的批判」と、彼を「政商」や「弱者切り捨て論者」と見なす彼の倫理観や人間性に対する「感情的批判」が混在している 4。竹中氏自身は、政策に関する建設的な議論を望む一方で、感情的な「揶揄」や「悪口」が多いと感じていると述べている 4。
彼の政策が社会に与えた影響、特に格差拡大は、多くの国民の生活実感と直結しているため、政策への不満が彼の個人への強い感情的嫌悪感へと転化しやすい。彼は、経済的苦境や社会不安の「原因」あるいは「象徴」として、国民の不満や鬱憤が投影される対象となっている 4。これは、政策の是非という客観的な評価を超えて、彼が「嫌われる」という現象を説明する上で不可欠な社会心理的側面である。国民が抱える漠然とした不安や不満が、特定の個人に集約され、感情的な攻撃の対象となる構造が存在する。
B. 「目立つ者は嫌われる」という日本社会の傾向
竹中氏自身も、彼への嫌悪感の根底には日本社会に蔓延する不満や鬱憤があると認識している。彼は、
- 一時期でも目立ったことをやる人はみんな嫌われている
- 社会が非常に不幸で、不満や鬱憤が溜まっている
- 誰かをはけ口にしないと気が済まない
といった日本社会の傾向を指摘している 4。また、政治家が世論調査に基づいて政策を語り、国民の不満が高まると支持率が下がるという構造にも言及している 34。
この見方によれば、竹中氏は、自身の政策が社会に「痛み」をもたらしたという批判を一部認めつつも、その嫌悪感の根底には、日本社会に蔓延する不満や鬱憤が、目立つ存在である彼に集中しているという認識を持っている。彼は、国民の不満のはけ口、あるいは「スケープゴート」となっている側面がある。これは、彼の政策の是非とは独立して、社会全体の閉塞感や不満が特定の個人に集中する現象として捉えることができる。
C. 竹中氏自身の批判に対する見解と「達観」
竹中氏は、自身への批判は「ちゃんとした批判がない」「悪口を言いたいから、何でもいいから嘘でもいいからくっつけろという具合」であり、「本人は嘘だと分かっているはず」とまで述べている 5。彼は「誹謗中傷に慣れちゃった」とし、「他人によく思われるために生きているわけではない。自分がやりたいこと、正しいと思うことをやっている」と達観した姿勢を示している 5。
竹中氏の批判に対するこの「達観」した姿勢は、彼が世論との対話を半ば諦め、自己の信念に閉じこもっていることを示唆している。彼が批判を「嘘」や「悪口」と断じることで、建設的な政策議論の可能性を閉ざし、結果的に世論との溝をさらに深めている。この自己完結的な態度は、国民からは傲慢さや反省の欠如と受け取られ、感情的な嫌悪感を増幅させる一因となっている。政策立案者が、国民の生活実感から乖離した形で自己の正当性を主張し続けることは、信頼関係の構築を困難にし、結果として政策への理解や支持を得ることを阻害する。
結論
竹中平蔵氏が世論から嫌われる理由は、多岐にわたる複雑な要因が絡み合っている。第一に、彼が主導した小泉構造改革、特に労働市場の規制緩和が、非正規雇用の拡大と賃金格差の深化を招いたという国民の生活実感と強く結びついている。彼の政策がもたらしたとされる「痛み」や、市場原理の導入によって助長された「拝金主義」といった社会的・倫理的側面への反発も大きい。
第二に、公職退任後に人材サービス大手パソナグループの会長に就任したことなど、公職と民間職の間の「天下り」や「利益相反」疑惑が、彼を「政商」と見なす決定的な要因となった。特に、新型コロナウイルス感染症対策における持続化給付金事業を巡る不透明な関与は、国民の税金に対する不信感を増幅させた。
第三に、「貧しくなる自由」発言や「ETFは絶対儲かる」発言など、彼の物議を醸す発言が、国民の共感性を欠き、傲慢であるという印象を強く与えた。これらの発言は、彼の政策に対する批判を感情的なレベルにまで引き上げ、国民とのコミュニケーションにおける深い溝を生み出した。
最後に、日本社会に蓄積された不満や鬱憤が、目立つ存在である彼に集中し、「スケープゴート」として感情的な投影の対象となっている側面も大きい。彼の批判に対する自己完結的な「達観」も、世論との対話を阻害し、嫌悪感を固定化させている。
竹中氏の事例は、政策の経済的合理性や意図が、必ずしも国民の生活実感や倫理観と一致しない場合に、政策立案者がいかに強い反発に直面しうるかを示している。世論は、単なる政策の成否だけでなく、その社会的・倫理的影響、そして政策立案者の姿勢や言動を複合的に評価する。
彼の改革は、日本経済の体質強化に一定の貢献をしたと評価される一方で、その負の側面、特に格差問題は、現代日本社会の根深い課題として残っている。竹中氏が「嫌われる」という現象は、単なる個人への感情論に留まらず、日本の構造改革がもたらした光と影、そして市場原理主義に対する国民の根強い懸念を映し出す鏡である。彼のレガシーは、今後も日本社会における経済政策、社会保障、そして政治家の倫理に関する議論において、重要な参照点となり続けるだろう。
参考資料一覧
- ひろゆきと考える 竹中平蔵はなぜ嫌われるのか「住民税を払ってなかったって本当ですか?」 – 税回避に関する世間の誤解と、嫌悪感の背景を探るディスカッション
- 竹中平蔵がひろゆきに答える「私が嫌われる理由」 – 自身による嫌われ要因の自己分析。既得権益との関係に踏み込んだ発言が特徴的
- 利にさとい学者政商・竹中平蔵氏が「嫌われる」ワケ(中) – 非正規雇用の拡大と賃金低下による日本経済の停滞を、「没落責任」として批判する視点
- 利にさとい学者政商・竹中平蔵氏が「嫌われる」ワケ(前) – 規制緩和が自身の関連企業に利益を与えた構図が「政商」との批判につながる経緯
- 竹中平蔵が嫌われる理由を【2025年最新の発言】から考える – 非正規の蔓延、格差拡大、政策と現実乖離などが日本没落の責任論と重なる分析
- 竹中平蔵氏、“嫌われる理由”を激白 「ずっと言われ続けてそうなった…」 – 続く批判や誹謗中傷を背景に、抗えない嫌われる構図への達観と自己弁明
- 経済学者の竹中平蔵が嫌われる理由を中学生でも分かるように教えて欲しいです – 中学生向けに整理された批判内容から、教育現場でも感じられる嫌悪の実感が伝わる
- 【第87回】本人に直撃!竹中平蔵はなぜ嫌われるのか …(YouTube) – 本人が登場する討論動画。「嫌われる理由」を直接聞く構成
- 【竹中平蔵ご本人登場!】「なぜ嫌われるのか?」聞いてみた|格差社会と経済(YouTube) – 格差社会という文脈で語られる嫌われ要因、視覚的に訴える映像も参考になる
- ひろゆきと考える 竹中平蔵はなぜ嫌われるのか?(読書メーター) – 読者の感想から「弱肉強食思考」「現在より悪い未来への予感」が嫌悪につながる視点