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jinsei-siren

 

私も今現在人生の試練にぶち当たっている最中です。

そういう理由で最近は「人生の試練はどうして訪れる?」と試練の意味について自問自答している時が多くあります。

そして色々考えた結果、人生の試練は「感謝を自分自身で知る為」にあるのだと思うようになりました。

例えば、私はデザイナーでバリバリ会社勤めをしていた頃は自分の時間、つまりプライベートが皆無と言っていい程ありませんでした。

ですが今はデザイナーとネットビジネスのダブルワークにしている事で、自分の時間を持つことができています。

この点については非常に今の状況に感謝していいます。

また私は一時期、起業していた時期があり資金繰りで非常に困った時期がありました。この事で両親にお金を借りた経験があります。

この出来事によって、私は「お金」と「家族」のありがたみを知りました。

このような経験から私は「人間は大切なものを失って、そのありがたみを知る事ができる」と考えるようになりました。

逆に今ある生活や人間関係に感謝していなければ、いずれそれを失う事になるとも考えています。

例えば

「宝くじが当たった人が、その後逆に自己破産した」

「定年退職した男性が、長年連れ添った妻に離婚された」

「暴飲暴食、不規則な生活によって重い病気になった」

このような例も

「お金の有り難みを知らなかった」

「妻の有り難みを知らなかった」

「健康の有り難みを知らなかった」

もちろん、自分自身とは全く関係のないと思える所で不幸が振りかかる事も考えられます。

ですが、根本的に地球という恵まれた環境に人間として生まれた幸運と有り難みをどれだけの人間が感じているのかを考えてみる事も大切ではないでしょうか。

話が飛躍しすぎてしまったので、凄く身近な話で考えたいと思います。

例えば、ビスケットを知り合いの子供にあげる機会があったとします。

一人の子供は、笑顔で「ありがとう」と言ってくれました。

もう一人は、全然嬉しそうじゃありません「もしかしてビスケットが嫌いなの」と思う程です。

あなたは次このような機会が訪れた際に、どちらの子供にビスケットをあげるでしょうか?

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